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April 08, 2008

新シリーズ:新しいドア(DOA)を開けよう(第7弾)・・・仕事の本質とPositive Organizationの骨子・・・

今回は、“仕事とは、仕事の本質とは”という観点で捉えなおしてみたい、まず、ドラッカーの言葉を借りると・・・組織のマネジメントを、「成果目標による管理=Management by Objects」と言う。つまり、未来を想定し、それを尺度として、現在までの達成を計る。これがマネジメントという。つまり仕事です。・・・・

この仕事とはもっと掘り下げて言うと、普通の人間には、見たくないものは見えない構造的な問題があるのである・・・・・・・つまり、仕事の基本的な能力は、全て、または、より多くの現実を直視することにより、目標とする未来のイメージ、そして、未来への道筋がより正しく見る能力があって初めて仕事がこなせるのである・・・・・

実は、これが人間の成長度合いに大きく依存するのである・・・つまり、失敗が減る、また、失敗が起きてもリカバリーショットが打てることに繋がる・・・

そして、関係する人達の仕事、また、反応のメカニズムをより正しく理解する、そして、恐怖感が、見たくないものを作り出すが故に、恐怖感に打ち勝てる人のみが仕事をまっとうできる側面を持っている・・・この為には仕事の遂行時に直面する文脈は何なのか、また、関係者がその文脈を受けて如何動くのかを理解していることが必要になる・・・

この理解の為には、同じ人間である自分自身が仕事を深く理解して、仕事に没頭することにより仕事で直面する文脈に自分自身が如何反応してしまうのかを先ずは見極めることが必要になり、また、それは何故かを掘り下げる、そして、自分以外の誰であれば如何反応するかを現実を直視しながら種々の反応の原因と起きる条件を学んでいくこと・・・これが仕事の本質である・・・・

この基本能力を、敢えて、文脈的業績達成能力と呼びたい。また、これに対比する能力としては職務遂行上に必要な課題の処理の方法に熟知するという意味で、課題的業績達成能力と呼びたい、米国では、この研究は採用の判断基準の作成の側面でされてきている、日本ではごく少数の研究がなされている・・・・・・

しかし、米国の研究結果を見ていると、文脈的業績達成能力は、人間の成長度合いと符合しており、この能力が高い人は高い業績を上げている・・・また、課題的業績達成能力は、仕事の遂行に必要な専門知識やスキルを意味している・・・

だからこそ、現実にあるものが、見えるようにする方法として、種々の見える化の方策が重要になる・・・つまり、仕事の本質を極めることは人間の構造的な問題とその仕事と仕事を取り巻く文脈のメカニズムを極める、そして、特に文脈への反応のメカニズムを見極めることなのである・・・・・・・

この点では、ポジティブ心理学の本質は、仕事の本質と全く同じことなのである・・・・それゆえ、従業員の育成と業績の向上にはポジティブ・オーガニゼーションが必要であると捉えている・・・・・

Kozyは人材育成=人を成長させる方策としては、大きく二分すると、①文脈的業績達成能力の向上策、そして、②課題的業績達成能力の向上策になると捉えている・・・しかし、この二つの間にも相互作用は存在しており、概念的に言うと、①知的思考能力の強化の為の知識の習得、②OJTのより有効化の為に知識の習得、③実践・経験(=OJT)による学習システム(有効な実践と経験の中長期計画の作成)の構築、・・・この三つの視点で、その都度、目的は文脈的業績達成能力なのか、それとも、課題的業績達成能力なのか、それとも、一石二鳥の両方なのかを正しく意識して取り組むことが大事である・・・・・

Positive Organizationを構築することは、これらの三つの人材育成=人を成長させる方策をより有効に気のさせる為のインフラのようなものである。つまり、不必要なネガティブ感情および恐怖感を起動させる文脈の管理と統制、そして、一番大事なのが、人間の成長のメカニズムを体得・理解させるシステムが必要になる・・・・

しかし、忘れていけないのは同じ文脈であっての個人個人の成長のレベルにより認識の仕方が異なり、また、恐怖感や無力感のレベルが異なるが故に、最低でも、三層に分けて対応を考えていく必要がある・・・・つまり、一つの方策が万人に有効ではない・・・・各層の人間により、支援すべき自己成長への課題は異なるのである・・・・

特に米国と比較して、日本においては、産業界と教育界の交流が希薄であり、また、残念ながら、種々の実験調査を行なう場合、悉皆調査、つまり、対象母集団の全ての人への調査はまれであり、三層の中のどの人達が割合として一番多く実験に協力したかにより、全く異なる結果がでてくるのであり、それが故に、納得感のもてる調査はまれであり、結果に納得感がもてない・・・むしろ、ミスリードをすることが多い・・・・

また、三層に分類するとしても、その分類に全くバイアスの入らない分類が必要であり、科学的な妥当性を持った認識と反応による分類は、日本では見たことがない・・・・

また、全てが相互作用の中で成り立っているが故に、統制をかけて実験を行なってきた多くの心理学の知見では、科学的妥当性は担保できない・・・心理学の中では、妥当性を確保できるのは、集団と個人の動的な相互作用を扱ってきている“グループ・ダイナミックス”ぐらいであろう・・・

産業界での経験則は、むしろ有効なものが、論理的には多いといえるのである・・・・つまり、日本の企業村社会と日本文化のミームという文脈の中では、組織人=サラリーマンの“さん、よん、さん”または、昨今は“に、ろく、に”とか云われる経験則が、グループ・ダイナミックスの知見と見事に一致しているのである・・・

つまり、グループ・ダイナミックスの知見と産業界の経験則が合致するものは、一番科学的な妥当性が担保できるとKozyは捉えている・・・もう一つは複雑性の科学の知見である・・・つまり、生態学的な知見であり、今の統計解析技術とコンピューターの処理能力における技術革新が、これらのアプローチを可能にしている・・・・

また、先日、Business Weekを見ていると、“There is Gold in reality-Mining”とのタイトルの記事があったが、QA/QCの基本のように、先ずは、現実としての悪さ加減の認識が、王道であり、まさに、現実の採鉱の先に金鉱が見つかる・・・Kozyの研究結果が示すように、産業界で云われている、何も云われなくても主体的行動する上の三は、一割にも満たない・・・これが大きな日本企業の現実だという危機感を持って欲しい・・・・

Kozyの研究は探索的に取り組み、演繹法でも帰納法でも、質問項目とその内容が十分であった為に、バイアスが一切入らない三層分類の方法が確立された・・・そして、各層における認知および反応のパターンの違い、ある意味では面白いほど、描き出すことが出来た、また、その結果は、見事にグループ・ダイナミックスのビオンの言う通りの理論に符合し、また、先ほど述べた、文脈的業績達成能力、そして、産業界の経験則である“さん、よん、さん”の特性とも一致している・・・・

三層分類が出来ると、更に、どの質問で反応が分かれてくるかが理解できる為、何が如何影響を与えているかが類推できるようになるのである・・・・

改革に取り組みたい企業は、この分析から自社の問題点を洗い直すことが、最初である・・・各社の企業文化は9割以上が創業者または偉大な実績をあげた社長等の成功哲学が9割以上を占めている、また、これらの成功の哲学は当時の顧客の標榜する価値観と強い相関関係にもある、つまり、業界の文化という文脈にも大きな相関関係もある・・・・・・・

それ故、自社の問題は独自の問題であり、それに見合った方策が必要になる・・・・以下に示すのは一般論として云いえることだけを述べており、実際は、自社独自の改定が必要である・・・・・

組織人が三層に分かれる理論的背景として、次のように考えられる・・・・

心理学の視点で言うと、グループ・ダイナミックスでは、ビオンは、大きく二分類しており、作業グループと基底想定グループに分けており、作用グループは、現実を整理して、科学的アプローチを行い問題解決に取り組む人達、そして、彼らは、変化を起こすことは時間がかかることを論理的に理解しているが故に、時間をかけて取り組む忍耐力を持っている・・・・

一方、基底想定グループは、現実を直視できなく、現実からかけ離れた放送に縛られており、時間をかけて取り組む忍耐力が無い、そして、更に問題なのは、変化が起きる事により自分自身が変化しなくてはいけないことを認識しているが故に、変化そのもを拒絶している・・・・

基底想定グループには、更に三つのグループがあり、全くの学習無力感に囚われている三無主義的なグループ、現実逃避または攻撃をするグループ、そして、つがいグループと呼ばれる、一人では決断できないが故に誰かをつがい先としてついていくグループ、このグループの目的は、一時の快楽主義に囚われていることなのである・・・・

以上の三つのグループになるが、流石に、管理職クラスの年齢になると、このつがいグループは、企業では存在しない・・・若手の社員にはこのグループの存在が見られると確信する、それ故、若手に対する調査は、つがいグループの特性を織り込んだ質問紙作成と、計四層として、四分類の必要がある・・・・・

また、心理学の中で、マインド・セットという意思と認識の組み合わせのセットのことであるが、この分野も研究が進んできており、Fixed Mind Set、つまり、自分の能力は生得的である、または、これ以上変わらないという意識と認識をする人は、三無主義に陥るか、または、自分が傷つくことを恐れて、たとえ成功を望んでも、自分が傷つくことになりそうなことへは逃避をしてしまう、または、頭が良い=種々の(机上の)知識を鼓舞して自分のプライドを保とうとして、種々の抗議をする・・・正に、真ん中の四と下の三の特性そのもでもある・・・・・

一方、マインド・セットには、もう一タイプあり、Growth Mind Set、つまり、自分は成長できると捉え成長することに喜びを感じる人達であり、失敗も成長の一里塚として失敗から学び、成功からも学ぶ人達であり、正に上の三に当てはまる・・・

脳科学の視点で捉えると、曖昧な情報インプット、曖昧な情報整理、そこからくる曖昧な脳内の概念整理、脳内概念とその言語化された言葉が精緻化されていない、しかし、人間は言葉を通じてしか思考できない、これらの中での瞬時の判断が必要になりそれを可能にする脳内装置・・・・本当に正しい判断が、未熟で狭い経験を通じて出来るわけがない故に、人は現実と異なる妄想に縛られる構造を持っている・・・・・・・

他の生物には、これらの曖昧性がないが故に悩まないが、人間は、自分の中の言葉に出来ない概念が不安を呼び起こし、間違った言語と概念の違いがより恐怖感を呼び起こす・・・精緻化を目指すには机上の理論では、脳内の精緻化は出来ない・・・経験という全ての五感からのインプット殻生起される概念とそれに合った言語化が、経験を通じて成されることにより、精緻化は可能になってくる・・・・また、これらの精緻化は他人との交流によりも成される・・・このときに必要なのが知的思考であり、物事の判断基準まで掘り下げての検証作業なのである・・・・・

25歳までは、短期の報酬に負けるが、苦い経験を通じて25歳ぐらいで中長期の展望を織り込んで判断する回路が、最後のメイン回路として構築され、これが脳内で構築されるメイン回路としては最後のものになる・・・後は精緻化の作業なのである・・・・・・・・

恋に落ちるワクワク感も、チャレンジするワクワク感も、人間独自の復習の達成のワクワク感も、全て、不適切な恐怖感からの開放、または、恐怖の対象から遠ざかるワクワク感、これ即ち成長願望を意味する・・・つまり、この楽しみを覚えて人は成長のサイクルに入っていく・・・・・この精緻化を可能にするのが、現実から再学習できる論理的思考能力なのである・・・・

つまり、恐怖の多くは自分が作り出している、本当に必要なのは実学であり、実学とは、現実の問題を直視して(恐怖感を取り除いて)存在する現実がそれまでの自分の机上の知識とそれまでの経験では解決できない場合は、それまで学んできたことを棄却して、現実の事実に基づいて再学習を、知的思考能力を屈指して、行い習得したものが実学なのである・・・

つまり、成長のサイクルとは、学び、必要に応じて学んだものを棄却して、再学習をする・・・Learn-Unlearn-Relearnの繰り返しなのである・・・この喜びを体得した人は成長を続け、途中で挫折した人は、三無主義に陥る、または、机上の知識に縛られて机上論ばかりを言うのである・・・正に、“さん、よん、さん”の人の特性となり現れてくる・・・・・

一旦、成長のサイクルに乗った人は、人にとっては苦悩と見えることでもそれが現実であれば、その現実から再学習を繰り返し、その成長が齎すワクワク感を楽しむことが出来るのである・・・復習は、復讐を遂げることにより、自分を拘束していたものからの開放の側面があるが故に、満足感を覚える・・・念の為であるが、真の知的思考力を身に付けて正しい中長期の展望能力を身に付けると、復習は連鎖を呼び復讐心に囚われることは虚しいことであることを知るのである・・・・・・

以上より、ポジティブ・オーガニゼーションを構築する場合には、不必要な恐怖感を起動させない、不必要で不適切な恐怖感の間違いを見える化する、気付きのシステムを構築する、恐怖感を起動する文脈の管理が織り込まれるべきなのである・・・そして、萎えた心への充電を齎すものを生み出すシステムが必要になる・・・仲間への支援の推奨、褒めることの推奨、ユーモアの精神の推奨、“One for all, all for one”のチーム・プレイの推奨、必要に応じた報奨システム等等である・・・・

Growth Mind Setの人達には、悪いところのポイント・アウトとしての叱りは成長の促進になるが、多数派のFixed Mind Setの人達には、所謂叱りは逆効果を生む、叱る時は、当人が、間違いを一番直視できる状況で行なうのが良い、しかし、叱る内容を自分が実践できていない場合は、俺も駄目だけでお互いに注意していこうと言うのが良い・・・・

また、叱る場合は、本当に相手の為になるという確信とその判断基準の提示が必要になる・・・これらのあるべき判断基準の共有化がチーム内で広がることが、新しい文化の構築繋がるのである・・・もっと掘り下げると、これらの判断基準の優先順位まで共有化することが大事なのである、また、ケースにより判断基準の優先順位が異なる場合は、これのケースの共有化も必要になる・・・

また、何事も、それに関して一番良く知っている人およびその実学が活かされることの共有化も必要であり、例えば、人事評価は、論理的には人事には不可能であり、現場に任せるべきである・・・そして、この場合の問題点を最小にするシステムを構築することが必要になる・・・360度評価等・・・・

今回はここまで・・・・

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