自己変革の三要素・・・・・・
全国行脚の旅を取り敢えず終えることが出来た・・・会計年度が、通常の会社と異なり11月30日である為、今期での出張は緊急の場合を除きこれで終了となり、これから溜まっている評価レポートを作成することになる・・・・
これまでは、日本の最北端の訪問地は妻の実家のある会津若松でしかなかったが、最北端は北海道の名寄まで記録を塗り替えた、北海道だけでも、このほかに札幌、旭川、留萌、そして、苫小牧まで訪問してきた・・・四国中国は全県制覇したが、後、訪問していないのは、南から、沖縄、鹿児島、宮崎、熊本、佐賀、秋田、岩手、そして、青森の八県のみが未だに訪問したことが無い・・・・
これで日本人であるといいえるだけの自信が持てた、しかし、来期は九州が抜けすぎなので全県制覇をしてみたい・・・・これから、一ヶ月をかけてレポートを作成する・・・・・
種々の地方の人たちとの種々の交流を通じて、色々と感じさせられ、自問自答を繰り返してきて、今、自分の頭に浮かんでくる人間の成長の為の三大要素は、もっと端的に言うと自己変革のための三大要素は、①自己変革に立ち向かう覚悟の醸成力、②自己変革を成し遂げる為の心のエネルギー管理と維持能力、③人間であるゆえんである知的思考能力・・・・この三つである・・・・
この三つは全てお互いに相互作用の関係で結ばれており、どれ一つとしてあるレベルを下回ってしまうと全てが駄目になる・・・
この三つの関係でやはり一番大事なのが、覚悟の醸成であると捉えている、つまり、多くの人が自己変革をしたいと思うのであるが、自己変革とは、苦行を伴うがゆえに、願望としての“したい=欲求”がいくら強くても、苦行に直面すると萎えてしまい、つまり、心のエネルギー不足の状態に陥り、前に進むことが出来ないばかりか、諦めてしまう・・・
もし、この時点で知的思考能力が十分であれば、この様な苦行に面することは論理的には当然のことであり、自分が、自分自身でこのままでも良いと判断をするのか、しないのかを知的思考力を屈指して判断をするが、人間の構造的な問題を、また、その人間が構成する社会の構造的な問題を確り理解が出来れば、再度、覚悟の強化が出来るのである・・・・
つまり、真の知的思考力を、ほとんどの人が出来ていない・・・・
つまり、実存する現実を現実としてどれだけ正しく認識できるかは、心のエネルギーの大きさに依存するのである、つまり、それまでの限られた知識や経験から自分の中に自動的に起動してしまう捉え方や価値観に、如何に縛られないようにするか・・・・
これがKozyの言わんとする自動脳のことであり、この自動脳に縛られないことで初めて現実が正しく見えてくる・・・・・この為には、心のエネルギー不足では、脳の持つ怠惰性に負けてしまう・・・・
Kozyが、皆さんにお勧めしている“3355”は、人間の構造的な問題の理解とその構造的な問題の呪縛からの開放策であり、この方策の実践を通じて、一番最初に深い理解をする必要があるのが、自己観察と周りの人達の観察を通じて人間の構造的な愚かさからくる、・・・・・・人間は自分の普段の言動を通じて、周りの人たちに植え付けた自分自身に対する社会的な認識に対して自分自身がその役割を演じていることなのである・・・・つまり、全て自業自得であり、まさに、因果応報なのである・・・・
そして、この自分自身に対する社会的認識への反発心が、自己変革への機動力になっている・・・・この理解が大事で必要なのである・・・・つまり、自己変革に立ち向かう覚悟とは、人の所為にはしないことなのである・・・また、周りの人の自分自身に対する認識の変化は、当然、すぐ変わるものではないことを理解して立ち向かっていくこと、これが覚悟であるとこを理解すべきなのである・・・・
もっとも愚かな人は、自分の偏った経験とそれに付随する感情により、自分の愚かさを認めることもなく妄想として、自分はこうなれるはずと思う人であり、当然、そこには正しい覚悟もなく、知的思考力もなく、当然頓挫してしまうだけなのである・・・・・・
個人的には英語の表現である“You are trying”という言葉を思い出す・・・この意味は、(自己変革を)試みている最中である=(結果が出ない状態であるが故に)苦しんでいる・・・つまり、試みは達成するまでは苦しい=苦行でしかない・・・・これが、現実であり、それが故に、このことを最初から理解していない人は、覚悟を本当にはしていないことでしかない・・・・
しかし、たとえ同じ事をしていても、この“TRY”ではなく“Challenge”する意識に切り替えると、挑戦という言葉になり、挑戦=覚悟と同じ意味になり、その挑戦の方向が自分にとって本当に正しければ、また、知的思考力を屈指して自分自身で本当に必要であると整理が出来ていれば、むしろ、ワクワク感が生まれるように脳はできているのである・・・
つまり、知的思考力が心のエネルギーの維持と増幅に貢献をして、あるべき覚悟を醸成してくれる側面もあるのである・・・・
もう一つ大事なこととして、“3355”を通じて、理解すべきことは、自己成長の度合いにより変化していくが、誰が一番自分を支えてくれているのか、また、誰を一番守りたいのかを知り、その人たちへ報いたいことを自分自身ではっきりさせ、その人たちの為に、そして、それが自分の為(自分が自分として存在できる為に)にもなることを理解して、そのために自分が如何変わりたいのかを考え知ることなのである・・・・
理由は簡単であり、人間の脳の持つ怠惰性の本質より、ただ自分の為だけという覚悟は、苦行に直面すると萎えてしまう・・・端的に言うと、自分で他の理由を見つけて逃げてしまう・・・・これでは覚悟にならないのである・・・つまり、利己主事による覚悟は弱いものであり、愛他主義による覚悟の方が強いのである・・・・
つまり、利己主義による覚悟は、集団社会での自分にとっての自分として変革でしかなく、集団社会に寄与が認められない限りは社会からの抵抗はより強く、また、変革への支援者は現れてこない。 一方、愛他主義による覚悟は、人間が集団の中でしか生きていけないが故に、集団社会からの支援が得られ、また、相手に寄与する自分自身の変革が自分の望む自分と一致することにより、一番おきな自己変革への心のエネルギーが得られるのである・・・・・
言葉だけで説明することは非常に難しいが、各三つの本質は次のように言いえるのではないだろうか・・・・
覚悟とは、・・・・・人間の構造的な問題から捉えると達成できないものへの挑戦・・・また、強い覚悟は、その目的達成に有益な脳内回路を活性化し、有害回路を不活性化する、良くも悪くも、だから、人間は多重人格者にもなれる。言い換えると、強い覚悟は、人間の無限の可能性の具現化へのスイッチになるのです・・・・・
この覚悟が無いと心のエネルギーの維持も増幅もできない、また、知的思考力も磨くことは出来ないもの・・・・・だから、一番大事なのです・・・・
心のエネルギーの維持・増幅とは、・・・・・如何に人間の持つ構造的な問題を深く理解して、現実との折り合いを付ける能力であり、そのためには、一方だけに偏らないで臨機応変にスイッチできる能力であり、これなくしては正しい覚悟は出来ない、また、正しく現実を捉えて知的思考をすることは出来ない・・・・
知的思考力とは、・・・・・曖昧性の習得により齎された人間の脳のみが持つ能力であり、それが故に人間は矛盾に満ちており、人間が構成する人間社会も曖昧性と矛盾に満ちている、この人間社会は構成員である人間の成長度合いによりあるべき解決策な変化していくものであり、実践+検証=経験によりあるべき解決策が醸成される。 念の為であるが、経験とは新しい体験及び、より深い体験のことである・・・この経験を喜んでできる人が知的思考能力を身につけるのである・・・・・
この曖昧性をその都度、俊時に、または、速やかにあるべき方向を見出すのは、現実的には不可能であり、それが故に、人間の脳は自動脳という機能を持つようになったと、Kozyは捉えている・・・・しかし、この進化した脳に、人間は縛られて成長が困難になってしまった・・・・・
以上の説明で、Kozyの言いたいことを得心していただける方は、相当、本Blogの愛読者であり、“3355”の実践者であると存じます・・・・・
また、この三つの要素について、他のテーマでも言及しながら、説明を試みたいと思います・・・・・・


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