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January 12, 2009

What is changing(20)・・・・2008年を振り返ってみると・・・

昨年の1月30日に、“2008年は人類史上の歴史的転換期・・・よく観察しよう・・・”というアップロードをしている・・・正に、人類史上における歴史的な転換期であったと捉えられる・・・Kozyには、この問題意識を持っていたので、驚くというより非常に興味深く観察をさせて頂いた・・・・

Kozy自体は一人の普通の人間であり、どれだけ変化の胎動を正しく読み取りその向かう方向を理解したかは、自分でもなんともいえないが、少なくともいえるのは、種々の視点で考えて、2008年は歴史的な転換期でどの様な方向性が出てくるであろうという考えを持って生きてきた人と、ただ受身でニュースに接する人では、変化は必ず予兆を示すが故に、その予兆を感知する能力と起きた変化への洞察力には大きな違いがでてくる・・・・・・

誰の言葉でもなく、英語では、“Change always cast shadow”が個人的には、“What is changing”シリーズのBackboneになっている・・・つまり、直訳すると変化はいつも影を投じている・・・意訳をすると、変化そのものは直ぐには見えない、しかし、その変化の影は常に現在に投じられている・・・しかし、変化の詳細な形は変化が完成しないと見えない、しかし、一部の影だけは誰でも見ることが出来る・・・・

人間の脳の持つ本質から言うと、これは決して容易なことではない・・・つまり、特に現在のアメリカ人に伝えたいのが、バラク・フセイン・オバマという有色人種で且つ回教徒を父に持つ米国の大統領の出現は、確かに歴史的な“Change”であるが、オバマ氏が発する“Change, yes, we can”のメッセイジが示すように、彼はメシアではなく、We=米国民が変わる事を求めている・・・・

つまり、自己変革を求めており、自己変革とは、先ず、今までに学び信じてきた、つまり、Learnしてきたものを、すべてUnlearn, 学習してきたものを棄却する、今までの自分の中の信念や価値観を白紙にして、現実をありのままに受け入れて、その現実に基づき、Relearnすることが、Yes, we canの本質である・・・・

“Change, yes, we can”= we can unlearn and relearn つまり、苦渋に満ちた自己変革を求めていることであることを肝に銘じてほしい、もし、米国民がこの本質を理解せずに未熟者の常のように、逃避的にメシアを願望して、また、民主主義の最大の弊害である多数決の原則の齎すポピュリズムにオバマが負けてしまえば、ナチスの台頭と第二次世界大戦の勃発という、愚かな人間の歴史の繰り返しになる・・・・・

オバマが米国民を救うのではなく、米国民が自己変革を行なうことにより米国は救われる・・・・

また、あるべき世の中になるためには、変化の胎動を如何に正しく読み取るかに依存する。しかし、人間の脳の持つ本質からいうと、受身的な生き方をしていると、残念ながら情動が最初に起動してしまうが故に、見たくないものは見えてこないのである・・・特に、この点は、日本人に肝に銘じてほしい・・・・

しかし、2008年度の米国大統領選にて奇跡的なオバマ新大統領の当選を実質的に決めたのは、歴史的な金融破綻に対するあまりにもお粗末で無知さを米国民だけでなく世界にマケイン候補が露呈をしてしまったからである・・・・・、挙句の果てには、かのネオコンの人達までオバマ支持に転じてしまった・・・Kozy自体もマケインがここまで馬鹿だとは思わなかった・・・・

ネオコンの人達は、冷徹に現実の変化を直視して、マケイン氏を見限ったのである・・・当然、共和党支持者の重鎮や一般の人達もオバマ支持に切り替わった・・・・・本Blogで何度か述べているが、このような急激な変化は実際は、長い年月を経て、つまり、この急激な変化は、1989年のベルリンの壁の崩壊を始点として始まり、2001年9月11日の同時多発テロを契機として英米の世界戦略の挫折が世界中の人々の脳内に取り組まれた・・・

そして、今回の金融危機は2007年7月から、サブプライムローンを織り込んだCDO市場が消滅した為に起きた2007年8月19日に始まった信用収縮が、欧州で発生して始まった、そして、AIGが中心となったCDSの拡販により信用収縮の延命がなされ、また、欧米伴に、飛びついて急激にCDSの異常な膨張が生まれてしまい、そして、小口の証券化の拡大が、実態の掴めない金融不安を起こしてしまった・・・・

Kozyは、2008年にハッキリしてきたのは、“Everything human-being involved is lemom”, つまり、人間が関与する全ては欠陥品でしかない・・・・人類史が教えてくれているのは、人間は何度も同じ愚かな間違いの繰り返しをしている・・・その都度、確かに揺り戻しが起きているとは言いえるが、現在はガイアという地球生態系としての連動性が、ITC技術革新により、人類史上で一番強くなっている・・・・この当たり前のことを、ハッキリ知らしめてくれた・・・・・

21世紀に入り、社会心理学者のカーネマンが、ノーベル経済学賞を受賞したように、また、ナッシュ理論のナッシュがノーベル賞を受賞したように、人間は理性的な動物ではなく情動に支配されやすい非理性的な動物でしかない・・・

つまり、日本人は、海外では戸惑うが、日本以外では、普遍的な価値観や一貫性、そして、Yes or Noの二者択一をハッキリ求められるが、普遍的なものはないということ、つまり、その都度あるべき姿はこの場合は如何なのかを考えることを常とすることが求められている・・・・・しかし、人間の脳は、この不安を避ける為、また、瞬時の判断を可能にする為に、この思考回路を25歳以降は閉じてしまう進化をしてしまっている・・・また、不安=恐怖感という情動から開放されない構造を持っている・・・・

しかし、人間が人間として五感を通じて入手する情報はすべてが非常に精度がよくない、つまり、曖昧な情報に基づき整理をするという進化の選択が、人間の脳の発達を齎したものでもあり、人間であるが故に諸刃の剣なのである・・・・今回の世界恐慌は、個人的には100年に一度とかの問題でなく、人間が人間であるが故に必然的におきる問題を、今までのようなゆり戻しの機能で乗り切るのではなく、人間の脳の新たな進化を求めている気がしてならない・・・・・・

もしくは、人類全体の社会規範の再構築が必要になる・・・・正にその最大のチャンスであり、人間の成長は、残念ながら逆境の経験しかないのであり、まさに、逆境という最高の機会を人類はこれから経験を強いられる・・・・

昨年から、セキュリティーの監査の仕事を通じてセキュリティーを掘り下げてきたが、正に、これからの世界を考えるに、世界は秩序ある世界を求めている・・・まったくの自由主義は正に維持不可能なものであり、また、まったくの資本主義は大きな存在になった企業においては、つまり、権力を持ちすぎた集団が、更なる権力とお金を求める行動は、集団の愚かさに縛られて、今回のような信じられない愚かな行動に走らせる・・・

セキュリティーの基本から捉えると、①抑止力の維持強化、②問題がおきたときの対応のスピードの速さの維持、そして、③システムとしての脆弱性を常にチェックするシステムの構築力の三点に絞られる・・・・・この三つの視点で捉えていく必要がある・・・幸いなことに、人類史を見ても、あるべき自由の維持の為には、秩序の重要性を愚かな人間も許容してきている・・・・

秩序の維持の為の大事な判断基準は信義誠実および審議誠実の絶対的な価値観の維持が必要になる・・・・

また、人類史は繁栄を極めた文化の衰退は、その繁栄を導いた価値観が変更を求められたときに、その価値観を変えることが出来なくて文化は衰退していく、つまり、持続可能社会=Sustainabilityとは不都合な事実などがキーワードとして挙がっているが、人間が楽をしたい、自然の脅威を技術革新で押さえ込む、お金と技術で人間の限りない欲望を叶える、等々の価値観は破棄することが求められている・・・

最近ふと頭をよぎるのは、人間の脳が、意図的に、人類への最大の逆境を与えることにより、人間の脳の進化を人類に求めていると感じてしまう・・・・ここで人間が進化できなければ、ガイアの一つでしかない人間種、または、人間が築いた文明は崩壊する、また、自爆するだけの力を持ってしまっている・・・・

ちょっとあまりにも抽象的になりすぎたので、これからの時代、Kozyは人類史上で一番大きなパラダイムシフトが求められている、つまり、2-3年や5-6年というスパンでは、表面的な回復は齎せたとしても、本質的なパラダイムの変換には10年は必要だと見ている・・・今後の十年間は次の点(順不同)に常に留意をして物事を自分で考え、自分で判断をして、その検証をして行動をしていくべきだと申し上げたい・・・・

* 何かことがある度に、自分の判断基準は何処から来ていてかを問い続けよう・・・そして、その場合の構成要因に変化はないかを考えてみよう・・・・

* 曖昧性の取得により進化した人間の脳であるが故に、自分の判断をするときには、現実をよく見つめる必要性があるが、この現実を直視するときには、曖昧性を排除して考える習慣をつけよう・・・・

* 曖昧性が排除できないときは自分の中で不安を感じると思うが、それが故に、二者択一の理論に逃げたくなるが、全てはその都度の状況により異なる、よって、これこれの条件の時にはこうであるとの判断をするようにしよう・・・つまり、一つの仮説として、頭の中に取り組むようにしよう・・・・

* 物事に対する判断基準とは、重要視するものの優先順位の明確化であり、この優先順位はその都度の状況により異なる・・・また、物事には陰陽があり、最低でも両面で検証しながら考える習慣を身に付けよう・・・・

* より深くより広い経験と理解がないと、正しい判断は出来ないのが常である、また、新しい価値観は表面的には周りの古い価値観の変革を求めるものであるが故に、最初は常に孤立をするものである、孤立を恐れてはいけない・・・

* 今回の世界恐慌は権利欲とお金への欲が、齎したものであるが、売り手と買い手の情報量の非対称が存在するときは、正に悪貨が良貨を凌駕するという至極当然の結末である・・・情報の非対称が大きいと感じたときには、情報の開示を求めよう・・・

* ITCの技術革新、特に、インターネットは個人の発信力を人類史上最大にしている、また、情報収集能力も同時に最大にしている・・・この二点を忘れないこと・・・

まだまだあるが、今回はこの辺にして、Kozyが感じているこれからの変化の収束方向について感じていることを、最後に述べておきたい・・・・

* 基本は自由主義社会は維持される、しかし、自由の行使は、あくまで権利に伴う義務の行使が前提の社会になる・・・・

* 民主主義は、これからも維持されるが、間接民主主義、つまり、選挙で選んだ代理人による政治は終焉を迎える・・・つまり、直接民主主義による意思決定がITCの技術革新が可能にしてくれる・・・・

* 資本主義は、人間の持つ愚かさが解消されないと考えれば、善なる気の供給に対する、また、善なる秩序の維持への貢献に対することを最重視するものに変わっていく必要がある・・・

* 市場主義は、より速やかな揺り戻し機能の場であるが故に、存続させる必要があるが、行き過ぎない監視システムの構築が絶対条件になる・・・・

* 金融工学の更なる発展は必要だが、金融経済と実体経済のあるべき比率の決定が必要になる、また、投資と投機の線引きが必要になる・・・投機による利益は、Safety Netの維持費を担う責任を持たせる・・・・

取り敢えずこのぐらいは書き残しておきたい・・・・・・・・・・・・・・・

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