今年でBlogは6年目に、Kozyは還暦・・・・
いよいよあと一ヶ月、つまり、2009年4月19日で、Blog開始後、まる5周年を向かえ6周年目に突入する。・・・・現在までのアップロードは、741件、現在までのアクセス数は102,701件、これはパソコンからのアクセスと携帯からのアクセスの合計であり、Blogに表示されているのはパソコンからだけで、100,1673件、それ故、携帯からのアクセスは2,538ということになる・・・・・
一件あたりの投稿に関して、単純平均で138.6件になる・・・一年あたりの投稿件数は148件、つまり、約三日に一件になる・・・如何に最近は投稿が少なくなっているか反省しきり・・・・しかし、歳の所為か、堅気の仕事をしていると、投稿する元気が出ない・・・・
また、4月19日は、誕生日でもあるが、60歳、つまり、還暦を迎えることになる・・・周りの人から還暦祝いをしようとも言われているが、感覚的にはピンとこない・・・以前も述べたが、食生活および医療技術の進化により、人により異なるが、昔とは約十年は人の老化が遅れてきていると確信している・・・・
話は唐突にずれるが、昔は人生50年といわれた時代に、日本は55歳定年、または、50歳定年制を日本企業が、この点では、正に、終身までの雇用制を導入してきた・・・この点では、本来なら85歳ぐらいに定年を延長するべき所を、60歳でも長い、65歳は長すぎるとの風潮があり、日本における本当の意味での終身雇用制は、実質的に崩壊している・・・・
しかし、今でも、ごく一部ではあるが、定年を設定していない出光のような大企業が残っているのは、確かに日本らしい・・・
昔の人がどこまで解っていたかは、今では検証は出来ないが、人生50年といわれている時にそれよりも長い年齢を年齢設定をしたことは、今の脳科学の知見では理にかなっている、つまり、人間の脳の本質は怠惰性であり、実験によると、XX歳で定年でありそのあと引退をすると決めていると、その歳の3年前から、もう楽をしても良いという気になり急激に脳の老化が進むのである・・・・
これが人間の脳の本質であり、定年後は悠々自適の生活で楽をしようと思った人は、定年を迎えたときには、現実は取り返しもつかないほど脳の老化が進んでおり、そのように思う人達の多くが、頭はボケずに体が先に老化してぽっくりと死にたいと望んでも、待っているのは、一番おくりたくない周りに一番迷惑をかける老後の人生なのである・・・・・
このような人達が、新たなコミュニティーとしての地域コミュニティに入れないのは、自明の理である・・・・脳だけでなく体も同様に少し負荷が高いくらいの生活を続けるのが、一番良いのである・・・
ましてや、Kozyの研究結果からいうと、サラリーマンの9割以上の人が、常に経験から学び続ける生き方を放棄しており、本人はいくら頭を使っている心算でも、実際は自分の中でパターン化した思考しかしていない。・・・つまり、脳の活性化はなされずに生きていることであり、更に、お酒の好きな人は脳細胞の死亡が飲まない人と比べて約五倍のいきよいで退化していく・・・・
還暦とは元来、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支にふたたび戻ること、そして、還暦祝いとは、本人に赤色の衣服(頭巾やちゃんちゃんこなど)を贈る。かつては魔除けの意味で産着に赤色が使われていたため、再び生まれた時に帰るという意味でこの習慣がある。つまり、赤ん坊と同じように守らなくてはいけないので魔よけとしての赤色で守ること・・・・・・
面白いと思うのが、所謂、厄年は男性は、還暦で終了なのである・・・確かに、昔は70歳を、人生七十年生きる人は、古くから稀であることとして捉えていたので、厄年は60歳で終わるということであったという意味と、60歳を過ぎると誰もが、病気にならない生き方、そして、死期を意識して行く生き方を選び始める・・・・
常に、病気にならないように、また、死期を意識して生きていく・・・この二つのことを意識するだけで、人生の厄から開放されるという考えが、深い願意として経験則として含まれている・・・
本ブログで何度も引用しているが、松永安左エ門は、人間とは、闘病生活、極貧生活、そして、投獄生活の三つの経験を踏まないと一人前になれないといっているが、。・・・・投獄生活の後で、自分自身が健康になったことを感じて、粗食が健康には一番良いことを悟ったとの下りもある・・・・
しかし、男性でも人生80年を超える時代では、60歳で昔のようなあるべき認識を持てる人はそれこそ稀なことであり、現代では、干支を5回経験するだけでは、無理ではないだろうかという気がする・・・
今求められる還暦とは、昔から言われる四十の手習いのように、大変ではあるが、新たなことに挑戦する門出であるべきであり、その門出を祝い応援してあげるとしてあるべきではないだろうか、このこと自体が、心身ともに健康維持に一番貢献し、有給か無給かは別にして社会への貢献、また、心身の健康維持による医療費の削減にも繋がると確信する・・・・
当たり前のことである、人生は一生勉強なのである・・・また、社会的貢献のない人生を生きることほど辛いことはないことを忘れないで欲しい・・・・
以前に述べた気もするが、大器晩成という言葉があるが、大器は晩成でしかないのである・・・・この前提があるが故に、人生では無駄なことはないのである・・・この響きの良い言葉を口にするものが、高齢者を差別するのは、いかにも、未熟な若者の構造的な特性であるが、皮肉なものである・・・・
これで5年間、ブログで発信してきたが、毎年の恒例になりつつあるが、4月19日まで、この五年間を振り返りながら、自分の中で深化した意見を述べていきたい・・・・・


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