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March 2009

March 23, 2009

今年でBlogは6年目に、Kozyは還暦・・・・

いよいよあと一ヶ月、つまり、2009年4月19日で、Blog開始後、まる5周年を向かえ6周年目に突入する。・・・・現在までのアップロードは、741件、現在までのアクセス数は102,701件、これはパソコンからのアクセスと携帯からのアクセスの合計であり、Blogに表示されているのはパソコンからだけで、100,1673件、それ故、携帯からのアクセスは2,538ということになる・・・・・

一件あたりの投稿に関して、単純平均で138.6件になる・・・一年あたりの投稿件数は148件、つまり、約三日に一件になる・・・如何に最近は投稿が少なくなっているか反省しきり・・・・しかし、歳の所為か、堅気の仕事をしていると、投稿する元気が出ない・・・・

また、4月19日は、誕生日でもあるが、60歳、つまり、還暦を迎えることになる・・・周りの人から還暦祝いをしようとも言われているが、感覚的にはピンとこない・・・以前も述べたが、食生活および医療技術の進化により、人により異なるが、昔とは約十年は人の老化が遅れてきていると確信している・・・・

話は唐突にずれるが、昔は人生50年といわれた時代に、日本は55歳定年、または、50歳定年制を日本企業が、この点では、正に、終身までの雇用制を導入してきた・・・この点では、本来なら85歳ぐらいに定年を延長するべき所を、60歳でも長い、65歳は長すぎるとの風潮があり、日本における本当の意味での終身雇用制は、実質的に崩壊している・・・・

しかし、今でも、ごく一部ではあるが、定年を設定していない出光のような大企業が残っているのは、確かに日本らしい・・・

昔の人がどこまで解っていたかは、今では検証は出来ないが、人生50年といわれている時にそれよりも長い年齢を年齢設定をしたことは、今の脳科学の知見では理にかなっている、つまり、人間の脳の本質は怠惰性であり、実験によると、XX歳で定年でありそのあと引退をすると決めていると、その歳の3年前から、もう楽をしても良いという気になり急激に脳の老化が進むのである・・・・

これが人間の脳の本質であり、定年後は悠々自適の生活で楽をしようと思った人は、定年を迎えたときには、現実は取り返しもつかないほど脳の老化が進んでおり、そのように思う人達の多くが、頭はボケずに体が先に老化してぽっくりと死にたいと望んでも、待っているのは、一番おくりたくない周りに一番迷惑をかける老後の人生なのである・・・・・

このような人達が、新たなコミュニティーとしての地域コミュニティに入れないのは、自明の理である・・・・脳だけでなく体も同様に少し負荷が高いくらいの生活を続けるのが、一番良いのである・・・

ましてや、Kozyの研究結果からいうと、サラリーマンの9割以上の人が、常に経験から学び続ける生き方を放棄しており、本人はいくら頭を使っている心算でも、実際は自分の中でパターン化した思考しかしていない。・・・つまり、脳の活性化はなされずに生きていることであり、更に、お酒の好きな人は脳細胞の死亡が飲まない人と比べて約五倍のいきよいで退化していく・・・・

還暦とは元来、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支にふたたび戻ること、そして、還暦祝いとは、本人に赤色の衣服(頭巾やちゃんちゃんこなど)を贈る。かつては魔除けの意味で産着に赤色が使われていたため、再び生まれた時に帰るという意味でこの習慣がある。つまり、赤ん坊と同じように守らなくてはいけないので魔よけとしての赤色で守ること・・・・・・

面白いと思うのが、所謂、厄年は男性は、還暦で終了なのである・・・確かに、昔は70歳を、人生七十年生きる人は、古くから稀であることとして捉えていたので、厄年は60歳で終わるということであったという意味と、60歳を過ぎると誰もが、病気にならない生き方、そして、死期を意識して行く生き方を選び始める・・・・

常に、病気にならないように、また、死期を意識して生きていく・・・この二つのことを意識するだけで、人生の厄から開放されるという考えが、深い願意として経験則として含まれている・・・

本ブログで何度も引用しているが、松永安左エ門は、人間とは、闘病生活、極貧生活、そして、投獄生活の三つの経験を踏まないと一人前になれないといっているが、。・・・・投獄生活の後で、自分自身が健康になったことを感じて、粗食が健康には一番良いことを悟ったとの下りもある・・・・

しかし、男性でも人生80年を超える時代では、60歳で昔のようなあるべき認識を持てる人はそれこそ稀なことであり、現代では、干支を5回経験するだけでは、無理ではないだろうかという気がする・・・

今求められる還暦とは、昔から言われる四十の手習いのように、大変ではあるが、新たなことに挑戦する門出であるべきであり、その門出を祝い応援してあげるとしてあるべきではないだろうか、このこと自体が、心身ともに健康維持に一番貢献し、有給か無給かは別にして社会への貢献、また、心身の健康維持による医療費の削減にも繋がると確信する・・・・

当たり前のことである、人生は一生勉強なのである・・・また、社会的貢献のない人生を生きることほど辛いことはないことを忘れないで欲しい・・・・

以前に述べた気もするが、大器晩成という言葉があるが、大器は晩成でしかないのである・・・・この前提があるが故に、人生では無駄なことはないのである・・・この響きの良い言葉を口にするものが、高齢者を差別するのは、いかにも、未熟な若者の構造的な特性であるが、皮肉なものである・・・・

これで5年間、ブログで発信してきたが、毎年の恒例になりつつあるが、4月19日まで、この五年間を振り返りながら、自分の中で深化した意見を述べていきたい・・・・・

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March 03, 2009

雑感・・・リーダーとは、リーダーの選定とは・・・・・

商社に居た頃は、サクセス・パス、つまり出世コースというのは営業で実績を上げることに尽きた・・・具体的には役員になる頃、そして、役員になった後でも伸びる部門に関与していることが大事であった・・・メーカーでは、お金の生み出し方や節約が必要な時代には経理関係、技術が必要な時代では技術系、販売力が必要なときには営業出身というように、正に、タイミングという運が必要であった・・・・

しかし、なんと言っても一番稼いでいる部門が社内発言力を持つのは当然である・・・経理関係はRisk Managementが必要な時代に浮上するが、実際は、時代が一番経営上大事なものを持っている人が社長になる・・・また、確かに技術革新のスピードが人類史上一番速い時代には、技術的な洞察力と顧客の求めるものを肌で感じる能力が一番求められ、経理出身を社長に選ぶのは論理的には考えられない時代になっている・・・・

しかし、コモディティの世界で生きていくにはコストマインドの高い経営者が必要となるが、この点では技術系の中でも製造技術ばたの社長の到来も考えられる・・・・

欧米的な経営の発想では、Business Development、Effective Operation、そして、Risk Managementの全てに長けているのが良いが、この経営の三大要素のどれに一番比重をかけるべきかの認識に選ばれていく・・・日本的には、それらの三大要素の要因である、人、物、金のどの要因が一番強化が必要な時代かの認識に依存して決められるのが筋である・・・

現状認識として、企業のLife Timeつまり、生存期間は短くなってきている、また、昔は、“寄らば大樹の陰”ともいわれ、大企業はつぶれないといわれたが、この変化の激しい時代では大きいが故に、変化への対応において、変化の胎動を知るのに時間がかかり、動くにも末端まで浸透するのに時間を要するが故に、潜在的には非常に危険な会社になるのである・・・

しかし、Globalizationの齎すものとして、新技術の伝播のスピードが速まり、直ぐに、多くの商品がコモディティ化してしまう、そのためには大量生産によるコストダウンは不可欠になり世界市場で3位ぐらいまでに入れない企業は飲み込まれてしまう時代に入っている・・・

一方、Globalizationは全ての商品およびサービスで起きる訳でもないものであり、その地でしかその価値は認められない商品やサービスがあり、これをLocalizationと呼ぶ・・・ある意味では、Made in JapanというブランドもLocalizationのエリアの商品として捉えることも出来る・・・・・

自社が置かれている状況を直視して、自社に適した上述してきたようなことのベスト・ミックスを経営者は構築することが出来る人、そして、その先のゴールとしてのビジョンを提示できる人、そして、そのための戦略を練ることが出来る人と言いたいが、残念ながら、戦略のLife Timeも短くなっており、如何にゴールに近づけるかの努力は部課長に任せるしかないだろう・・・・

つまり、現場での変化の胎動の感知能力、それに基づく知的で現実的な戦略の構想能力が必要になる・・・しかし、これらの能力は、人間の持つ構造的な問題である変化を嫌うところに打ち勝つ人材が必要になってくるのである・・・これ即ち、人間としての自己成長が必要であり、また、自己成長を阻害する要因を廃する行動を経営者が率先垂範できることが大事になるのである・・・

トップが範を示すことなしには、如何なる新規な人材開発といわれる策をとっても絵にかいたもちにしかならない・・・

Kozyは今まで色んな人にリーダーとして一番大事なのは胆力だと断言してきているが、胆力とは、本Blogで、現在一番読まれている精神力、気力、胆力の違いと構図で述べているように、この三つは、強い相関関係で結ばれており、三点セットの側面があるが、どれだけ多くの成功体験を築いてきても、常に自己を否定して白紙の心で物事のあるべき姿を志向および思考することであり、変化することを恐れない心が胆力の本質です・・・・

しかし、人類はリーダーの選択では間違いを繰り返してきている・・・Kozyは知る人ぞ知るハーバードの“Working Knowledge”に加盟しているので、その中で、・・・What do you think? Why can't figure out How to select leaders・・・がOn-line forumでありそれをみていたが、答えは出てきてない・・・

胆力がなければ、現実がただしく見えない、現実が正しく観測できなければ正しいリ-だーシップは発揮できない、正しいリーダーシップを発揮しようとすることは自分が変わる胆力が必要であり、人を引っ張るには愛他性と自己犠牲も必要になるが、これも胆力がなければ発揮は出来ない・・・・

職場ごとに仕事での重要度の高い価値観は異なるが、社会的な文脈は技術革新のスピードアップを受けて常に変化し続けてきており、この変化が重要度の高い価値観にまで動的な影響を及ぼして生きているのが現代社会であり、如何なる変化も嫌がるのが人間の本質であり、自己評価は常に過大評価されやすいのが人間でもある・・・・

だから、リーダーの選定はその権限を行使する対象がどのような集団かにも左右される・・・それなのにリーダー選定を上の人間だけが行なうが故に、上手くいかない・・・現社長が後任の選択権を持つことは、取りやめるべきだと思っている・・・社長が任命権を持たないとイエスマンは大幅に減るのである・・・これがRisk Management上大きいのである・・・特にこれからは・・・・

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March 01, 2009

素直が一番・・・この含意は・・・

あまりにも多くの人が自分を殺して生きている・・・自分を殺さずにいきいきと生きることが、実は、自分の心のエネルギーを守るには絶対条件なのである・・・この対応策として、①わがままに振舞う、②自分に正直に生きる、③素直に生きる・・・と考えてみると、“直”という漢字の由来を常用字解で紐解いてみたくなった・・・・

白川静先生によると、直というは、省という字といん(L=塀などを立てている形で、隠れるの意味がある)の組み合わせたもの、省は目の呪力を強める為に、眉に飾りをつけて、地方を巡察して不正を取り締まることをいう・・・

よって、直は、ひそかに調べて不正をただす意味であろう・・・白川静先生には珍しく、自信のない表現で説明されている・・・この“ただす”とは、正す、糺すの二つの意味が在り、Kozyは糺す=真意、罪、事実を問い調べる意味であると理解する・・・つまり、正すであれば、どうしても力関係で押し付ける側面があるからである・・・“気善として生きる”に正の含意が説明してあります・・・・

平易な言葉にすると、直とは、真意を探る為に関係する周りの事実に基づいて、つまり、自分の物事に対する眼力を磨く行為を意味すると捉えたい・・・参考まで、省という字は、生という字の下に目を書く形であり、後に生が少に変わったとの事、行動を省みるという意味になる・・・つまり、省という字は生きている目、目を活かすと言う解釈ができるのでは・・・・

では、素という字は、糸を染めるときの形を表した象形文字である。そして、糸束の本のところを結んだままで染汁にの入った鍋に漬けるから、その結んだところはもとのままの白い糸が残る、この白い糸で残った部分を素といい、[しろぬき、しろ、もと、もとより]の意味となる・・・・・

それ故、最近はあまり聞かなくなった言葉であるが、素心=純粋で汚れていない人間本来の心になる・・・・最新の脳科学の知見では、生まれたばかり、また、幼少期は、五感をフルに活動させて経験を通じて先ず経験をしてみる。この経験を通じて言語化の能力を向上させていく・・・・

小さいときは、言語による説明能力は低いのは、言語能力を向上させる経験の少なさに起因する・・・・

では、大人に成長するということは、大きな偏向を多くも持つ人になること・・・・これが残念ながら大人の正体なのです・・・・

250人までの小さなコミュニティないで全てが完結する、または、他のコミュニティーからの影響が少なかった時代においては、そのコミュニティないで生きていく上では、25歳までの経験でその経験が通用する社会だった・・・現代社会においては25歳までの経験はその多くが偏向にしかならない・・・・

人間の脳へのインプットは、全て五感を通じてなされますが、五感のどれをとっても嗅覚を選択して生きる動物、聴覚を選択して生きる動物等々と比較すると解ると思いますが、どれ一つ本当に正しく感じてインプットしてくれる五感はない・・・

視覚などは、光の三原色の赤と青のセンサーは持っていますが、緑のセンサーは進化の選択の中で放棄してしまったので持っていないのです・・・どれだけ赤くてどれだけ青いのが緑だと推定しているにすぎないのです・・・また画素数で言うと100万画素しかなく脳内で作り出している映像を本当の映像だと思っているだけなのです・・・・

だから人間は曖昧な情報に基づいて脳内でWhatの回路とHowの回路に分けて整理をしている・・・緑を見ていると何か心が安らぐ人が多いと思いますが、緑を見ているつまり、草木等の微妙に異なる草木を見ていると、心が元気なったりするのは、一番脳が視覚認識の為に活性化する状態になるためとKozyは捉えています・・・・赤や青はセンサーを持っているから俊時に判断されるが、赤と青のセンサーの情報がないと判断できない・・・

残念ながら、皆さんも感じているように、五感は加齢に伴い劣化していきます・・・脳細胞などは生まれたその日から脳細胞は死滅=劣化していき再生はされる細胞がほんのわずかなのです・・・他の細胞は再生されますが、再生のたびに上手く再生できない細胞が発生をして老化をしていきます・・・・

進化論での大事な知見は、強い種が生存するよりも、変化に早く適応した種が生存するということはご存知の方も多いと思いますが、その本質は新しく出来る生態系に対してその生態系の維持に最小のエネルギーで最大の貢献が出来る種のみは生存できるということなのです・・・・

もう少し説明すると、大きなエネルギーをもっていても新しい生態系への貢献がゼロだと淘汰される、また、最大の貢献とは一人の直接的な貢献だけではなく間接的な貢献、わかり易い言葉に置き換えるとチームワークと同じことなのです・・・そして、ラグビーでよく言われる“One for all, all for one”のできる構成員だけが生存を許される・・・・

この相関関係は強いものと弱いものがありますが、小さなコミュニティでは相関関係がどうなっているかは25歳ぐらいまでの経験で殆ど理解できるが、現代社会では、特に、地球を一つのコミュニティとして捉える時代に入った現在では強い相関関係ですら正しくシステマティックに捉えることが困難になり、弱い相関関係は、簡単には、下手すれば一生理解できないほどのものでしょう・・・・・・

そろそろ最初に述べた自分を殺さない生きる姿勢として述べた、三つの対応について、①自分勝手に行動するということは、One for oneであり、自分自身が生存は出来ない自殺行為でしかない・・・・all for oneはone for allとカップリングなのであり、All for oneだけを求めてone for allをすることもなく、誰も自分を理解してくれない・・・これは言語道断(ごんごどうだん=あまりにもひどいので話にならない)・・・・

では、②自分に正直に生きる・・・先日ヒラリー・クリントン国務長官が来日し東大生とのタウン・ミーティングに出た折に東大の女子学生が、如何すればヒラリーさんのように強く生きれるのですかとの質問を受けて、“true to myself”に生きると一瞬考えて答えていた・・・このことを聞いた人は“自分に正直に生きる”と理解された人が多いと思います・・・

しかし、正直とは力を持って自分が正しいと思う方向に直していくということになりますが、正しいことはところ変われば変わるものでしかないのです・・・ヒラリーの揚げ足を取るというよりも、この場合の“True to myself”とは、日本語にすると自分に誠実になること・・・・

自分に正直に生きることの端的な弊害がプライドを持って生きる・・・プライドは情動回路に結びつくが故に、一旦起動してしまうと厄介なのです・・・・・

誠実になるとは、五感を研ぎ澄まして現実を偏向のない目で直視して、その都度あるべき姿は何なのか考えることだと思います・・・そして、これこそが素直の本質ではないでしょうか、つまり生まれたばかりの赤ん坊のように何の偏向もなくあるべき姿は何なの・・・と考えることとが素直の本質・・・・

Kozyは経験を積み重ねるたびに、人間の構造的な問題から言うと、脳が楽したいから経験で得たものを普遍化したくなるが故に、普遍な事はない、万事に通じる正しいことはないと言い聞かせています。そして、大事なのは常に白紙の心を維持してその都度あるべき姿は何なのかと自問自答していくことを大事にしている・・・・

一旦自分の中でこれが真理だととか不変の真理だと捉えると現実が見えなくなります・・・ここでは、敢えて断定的に言っていますが、自分の中では強い仮説として捉えるように言い聞かせています・・・・つまり、上述した大人にはなりたくないからです・・・・・

以上の意味において③素直に生きる・・・これが、自分を殺さずに自分の脳を常に活性かさえるのに大事なことなのです・・・

逆境に対して子供の方が抵抗力が強いのは素直な心を持っているからなのです・・・・

また、評価されたくて、また、嫌われたくなくて、自分を殺す事は一度そうしてしまうと、次回も同じように思われるが故に、社会的な認知が、本当に自分と乖離していく事にもつながり、この様な勇気をもてない人は、結局は社会的な認知に基づく役割を自分の本意とは別に演じていくという二重人格的生活を余技なくされ、そして、無気力になっていく・・・・これが人生のあり地獄の正体なのです・・・・

だから、先人は素直が一番・・・といっている・・・そして、自分を一番活かす生き方になる・・・・

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