素直が一番・・・この含意は・・・
あまりにも多くの人が自分を殺して生きている・・・自分を殺さずにいきいきと生きることが、実は、自分の心のエネルギーを守るには絶対条件なのである・・・この対応策として、①わがままに振舞う、②自分に正直に生きる、③素直に生きる・・・と考えてみると、“直”という漢字の由来を常用字解で紐解いてみたくなった・・・・
白川静先生によると、直というは、省という字といん(L=塀などを立てている形で、隠れるの意味がある)の組み合わせたもの、省は目の呪力を強める為に、眉に飾りをつけて、地方を巡察して不正を取り締まることをいう・・・
よって、直は、ひそかに調べて不正をただす意味であろう・・・白川静先生には珍しく、自信のない表現で説明されている・・・この“ただす”とは、正す、糺すの二つの意味が在り、Kozyは糺す=真意、罪、事実を問い調べる意味であると理解する・・・つまり、正すであれば、どうしても力関係で押し付ける側面があるからである・・・“気善として生きる”に正の含意が説明してあります・・・・
平易な言葉にすると、直とは、真意を探る為に関係する周りの事実に基づいて、つまり、自分の物事に対する眼力を磨く行為を意味すると捉えたい・・・参考まで、省という字は、生という字の下に目を書く形であり、後に生が少に変わったとの事、行動を省みるという意味になる・・・つまり、省という字は生きている目、目を活かすと言う解釈ができるのでは・・・・
では、素という字は、糸を染めるときの形を表した象形文字である。そして、糸束の本のところを結んだままで染汁にの入った鍋に漬けるから、その結んだところはもとのままの白い糸が残る、この白い糸で残った部分を素といい、[しろぬき、しろ、もと、もとより]の意味となる・・・・・
それ故、最近はあまり聞かなくなった言葉であるが、素心=純粋で汚れていない人間本来の心になる・・・・最新の脳科学の知見では、生まれたばかり、また、幼少期は、五感をフルに活動させて経験を通じて先ず経験をしてみる。この経験を通じて言語化の能力を向上させていく・・・・
小さいときは、言語による説明能力は低いのは、言語能力を向上させる経験の少なさに起因する・・・・
では、大人に成長するということは、大きな偏向を多くも持つ人になること・・・・これが残念ながら大人の正体なのです・・・・
250人までの小さなコミュニティないで全てが完結する、または、他のコミュニティーからの影響が少なかった時代においては、そのコミュニティないで生きていく上では、25歳までの経験でその経験が通用する社会だった・・・現代社会においては25歳までの経験はその多くが偏向にしかならない・・・・
人間の脳へのインプットは、全て五感を通じてなされますが、五感のどれをとっても嗅覚を選択して生きる動物、聴覚を選択して生きる動物等々と比較すると解ると思いますが、どれ一つ本当に正しく感じてインプットしてくれる五感はない・・・
視覚などは、光の三原色の赤と青のセンサーは持っていますが、緑のセンサーは進化の選択の中で放棄してしまったので持っていないのです・・・どれだけ赤くてどれだけ青いのが緑だと推定しているにすぎないのです・・・また画素数で言うと100万画素しかなく脳内で作り出している映像を本当の映像だと思っているだけなのです・・・・
だから人間は曖昧な情報に基づいて脳内でWhatの回路とHowの回路に分けて整理をしている・・・緑を見ていると何か心が安らぐ人が多いと思いますが、緑を見ているつまり、草木等の微妙に異なる草木を見ていると、心が元気なったりするのは、一番脳が視覚認識の為に活性化する状態になるためとKozyは捉えています・・・・赤や青はセンサーを持っているから俊時に判断されるが、赤と青のセンサーの情報がないと判断できない・・・
残念ながら、皆さんも感じているように、五感は加齢に伴い劣化していきます・・・脳細胞などは生まれたその日から脳細胞は死滅=劣化していき再生はされる細胞がほんのわずかなのです・・・他の細胞は再生されますが、再生のたびに上手く再生できない細胞が発生をして老化をしていきます・・・・
進化論での大事な知見は、強い種が生存するよりも、変化に早く適応した種が生存するということはご存知の方も多いと思いますが、その本質は新しく出来る生態系に対してその生態系の維持に最小のエネルギーで最大の貢献が出来る種のみは生存できるということなのです・・・・
もう少し説明すると、大きなエネルギーをもっていても新しい生態系への貢献がゼロだと淘汰される、また、最大の貢献とは一人の直接的な貢献だけではなく間接的な貢献、わかり易い言葉に置き換えるとチームワークと同じことなのです・・・そして、ラグビーでよく言われる“One for all, all for one”のできる構成員だけが生存を許される・・・・
この相関関係は強いものと弱いものがありますが、小さなコミュニティでは相関関係がどうなっているかは25歳ぐらいまでの経験で殆ど理解できるが、現代社会では、特に、地球を一つのコミュニティとして捉える時代に入った現在では強い相関関係ですら正しくシステマティックに捉えることが困難になり、弱い相関関係は、簡単には、下手すれば一生理解できないほどのものでしょう・・・・・・
そろそろ最初に述べた自分を殺さない生きる姿勢として述べた、三つの対応について、①自分勝手に行動するということは、One for oneであり、自分自身が生存は出来ない自殺行為でしかない・・・・all for oneはone for allとカップリングなのであり、All for oneだけを求めてone for allをすることもなく、誰も自分を理解してくれない・・・これは言語道断(ごんごどうだん=あまりにもひどいので話にならない)・・・・
では、②自分に正直に生きる・・・先日ヒラリー・クリントン国務長官が来日し東大生とのタウン・ミーティングに出た折に東大の女子学生が、如何すればヒラリーさんのように強く生きれるのですかとの質問を受けて、“true to myself”に生きると一瞬考えて答えていた・・・このことを聞いた人は“自分に正直に生きる”と理解された人が多いと思います・・・
しかし、正直とは力を持って自分が正しいと思う方向に直していくということになりますが、正しいことはところ変われば変わるものでしかないのです・・・ヒラリーの揚げ足を取るというよりも、この場合の“True to myself”とは、日本語にすると自分に誠実になること・・・・
自分に正直に生きることの端的な弊害がプライドを持って生きる・・・プライドは情動回路に結びつくが故に、一旦起動してしまうと厄介なのです・・・・・
誠実になるとは、五感を研ぎ澄まして現実を偏向のない目で直視して、その都度あるべき姿は何なのか考えることだと思います・・・そして、これこそが素直の本質ではないでしょうか、つまり生まれたばかりの赤ん坊のように何の偏向もなくあるべき姿は何なの・・・と考えることとが素直の本質・・・・
Kozyは経験を積み重ねるたびに、人間の構造的な問題から言うと、脳が楽したいから経験で得たものを普遍化したくなるが故に、普遍な事はない、万事に通じる正しいことはないと言い聞かせています。そして、大事なのは常に白紙の心を維持してその都度あるべき姿は何なのかと自問自答していくことを大事にしている・・・・
一旦自分の中でこれが真理だととか不変の真理だと捉えると現実が見えなくなります・・・ここでは、敢えて断定的に言っていますが、自分の中では強い仮説として捉えるように言い聞かせています・・・・つまり、上述した大人にはなりたくないからです・・・・・
以上の意味において③素直に生きる・・・これが、自分を殺さずに自分の脳を常に活性かさえるのに大事なことなのです・・・
逆境に対して子供の方が抵抗力が強いのは素直な心を持っているからなのです・・・・
また、評価されたくて、また、嫌われたくなくて、自分を殺す事は一度そうしてしまうと、次回も同じように思われるが故に、社会的な認知が、本当に自分と乖離していく事にもつながり、この様な勇気をもてない人は、結局は社会的な認知に基づく役割を自分の本意とは別に演じていくという二重人格的生活を余技なくされ、そして、無気力になっていく・・・・これが人生のあり地獄の正体なのです・・・・
だから、先人は素直が一番・・・といっている・・・そして、自分を一番活かす生き方になる・・・・


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